『crosspoint』—初めてみるいつもの景色

crosspoint

ひとつ目、2枚の違う街の風景写真を合成して1枚の作品にする。
ふたつ目、1枚の作品を構成するのは、2つの街の風景のみ。
別の要素を加えたり不都合なものを消したりという過剰な作為は行わない。



先日、PARCO出版の本を買って、「パルコの出版社なんてあったんだ」と気になって調べたところ、面白そうな本がありました。
近所のジュンク堂に電話したら置いてあったため、早速購入してきました。

それが、この『crosspoint』です。
下の写真、何を写しているかお分かりになるでしょうか。


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日本の109と、ニューヨークのタイムズスクエアが合成された写真です。
あまりの違和感のなさに、言われなければ驚くこともできません。

こちらは、京都とパリ。

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この本のオモシロイところの1つは、一見「違和感がない!」と思わされるのですが、よくよくじっくり比べて見ると、どこかに差異が感じられるところです。

なぜ、この写真に違和感を覚えにくいんでしょうか。

巻末の片山正通(著者ではありません)の解説には、グローバリゼーションによる世界の都市の均質化が、理由の1つとして指摘されています。
想像するに、そのグローバリゼーションとは、実際の建築物ではなく、その表象、僕たちの意識に対するものでしょう。

ネットで世界の写真、映像を見ることが容易になり、海外旅行もまたその敷居をどんどんと下げています。
海外、しかもそれが主要な都市ならば、僕たちはそこに違和感を感じなくなっているのかも知れません。
「目にする機会」においては、日本の田舎よりも、海外の主要都市の方が多く、親近感も湧くのではないでしょうか。

それと同時に、どこかで僕はまだ、写真を現実の切絵として信じているんだろうなぁ、と思いました。
紙の本に印刷された写真。「これはきっとどこかにある世界だ」、という意識が前提として脳みそに入っているので、かすかな違和感もひとまず丸呑みにしてしまいます。

じっくり眺めていると、それぞれの街のかすかな違いが、あぶり出しのようにじっくりと現れてきます。
その違いが、「特色」と呼べるものなのかも知れません。

でも、それは、僕が事前に、2つの世界が擦り合わされた写真だと分かっているからかも知れません。
この写真集に合成されていない写真があったら、また普通の街の景観の写真集にこのような写真が混ざっていたら、僕はそれに気づけるでしょうか。

きっと、難しいでしょう。
僕たちは、風景をほとんど「見て」はいません。

ふと気がついた時、この写真の世界に紛れ込んでしまったら、と考えると、ワクワクすると同時に、その不安定さにゾクゾクした怖さも感じます。
まるで夢の中のような。

全てモノクロの写真です。
ぜひ、カラーも見てみたいものです。


お気に入りは、パリと神保町の路地を合成した写真。
狭い歩道を挟んで、パリと日本の古びた店が対面し、そして協調しています。
この写真にいたっては、「ああ、おんなじだ」と実感しました。

何が同じで、何が違うのか。
同じって、違うって、どういうことなのか。

普段の風景を見るように、パラパラと読み進めることもできれば、知らない世界を初めて見た時のように、じっくりと立ち止まって眺めることもできる一冊です。



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