『未知の駅 vol.2』—そうだ、住もう。

路上と人、自然生態系と人、あるいはごく普通の賃貸アパートと人。いろんな空間の現場から、みんなの「住む」を集めてみました。


下北沢の古本屋、気流舎で見つけたZINE。
何となく表紙を見ていると、『坂口恭平「DIY独立国家の作り方」』の文字を見つけ、つい買ってしまいました。
価格は500円。このボリュームのリトルプレスとしては、非常にお得だと思います。
そして、お得なのは量だけでなく、質もでした。

坂口恭平は、ネット上に溢れる動画や言葉で、その熱気に触れることができます。

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最近、新刊『独立国家のつくりかた』が出たり『TOKYO0円ハウス0円生活』が重版されるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いです。



そんな坂口恭平がart space tetraで行ったトークショーの書き起しが収録されています。
これがまた、文字になっても牽引力が変わらない。ぐんぐんと、黒いインクに引き込まれるように読み込んでしまいます。
50ページ以上坂口恭平の語りが続くのですが、文字になって、その熱気は少し抑えられています。
しかしその分、語っていることがしっかりと頭に入ってくる印象です。

未知の駅 坂口恭平

坂口恭平は持ち前のマシンガントークと熱気で、こちらを圧倒します。その衝撃に、「なんだかすげぇ!」と、ドキドキするような魅力を感じます。
しかし、文字になることで、こちらはあくまで自分のスピードで坂口恭平を噛み砕くことができ、振り切られることがありません。

とはいえ、息切れしながら走りきるように読ませてしまうのは、さすがです。


つまり俺の場合は、点数の高い低いっていうのは、これ頭良いとか悪いとかじゃないんじゃないかって、ずっと思ってるんですよね。これはただ、準備が足りないだけなんじゃないか。それ以降、徹底的に準備をするんですよ。その一貫で、僕、円グラフを描けば時間が伸びるっていうことを小学校時代に知ってから、円グラフを書き続けてました。なんでかというと学校の授業ってほんとにつまんなくて、なんにも面白くなかったんです。でも俺、漫画描きたいし、サンリオのグッズなんかの紛い物を作ったりしていて(笑)

〜中略〜

だけど、小学校時代にソ連の五カ年計画を知って、落ち込みました本当に。その…こっちは所詮円グラフですけど、向こうは一日とかいう概念を飛び越えてますから。五カ年計画しているんですよ。これ負けますよね、確実に。ということで、ちょっとだけ早めに、ちゃんと準備しとかなきゃだめっていうのが、頭の中にずっとある。


5カ年計画を知った時に落ち込んだ人、どのくらいいるんでしょう。
他の作品、言葉を見ていても、彼の準備は非常に執念深く、綿密です。

今回、はじめて聞く表現いくつか合って、新鮮でした。
幻灯機の例えは、トークの随所に現れます。


「できない」と思うのって、小学校、中学校の教育…軽い「洗脳」ですから。「できない」と思う考え方自体が間違っているんですよ、僕からしたら。できるできないとかじゃないえすから。フィルムをセットするってだけですから。フィルムをセットしてちゃんと映像技師になれば、ちゃんとやり方がありますから。つまり、そこには独創性なんてそんなの必要ない。必要なのは、フィルムなんですよ。つまり、どういうイメージを持って社会を見ようとしているのか、ビジョンを持つこと。


「星座を作る」という、美しい例えも出てきます。
その意味は、ぜひ本書で。

他にも、密教曼荼羅が出て来たり、4次元の話になったり、彼の音楽は鳴り止みません。

そのトークショーで司会を務めていた江上賢一郎の文章も載っているのですが、これもめっぽう面白い。
ホーチミン・ハノイの路上でのフィールドワークをもとにした論考なんですが、生きた空間というものを考えさせられます。

走るためのバイクと座るためのシート。
しかし、バイクを止めてシートを簡易的なソファにして横たわる人や、カフェの前にバイクで乗り付けてそのままオープンテラスにしてしまうなど、バイクはその場面場面で意味合いを変えていきます。物理的なバイク自体は何も変わっていないのに、その在り方を人々が様々に「見立て」ていきます。


未知の駅


ある時、一人のおばあさんが片手に椅子を持ちながらマーケットの通りの真ん中へと歩いていき、おもむろに椅子を置いてそのまま通りの真ん中にどっしりと腰掛けて、しゃがむ。そうすると、それまで買い物客がそぞろ歩きをしていた道の流れの中には一つの独立した点と時間、つまりこのおばあさんにとって毎日お決まりの固有の空間が生まれる。この一件単純な振る舞いの中に、人間が空間を作り出すことについての深い意味が隠されているのではないだろうか。
自分の視線を身体から切り離して、空間を抽象的に拡張させる建築家や都市計画化特有の視覚的空間では、これらの路上の形のない空間は捉える事ができない。なぜなら、人がそこにある時だけに生まれる空間は、その身体の一時性と切り離すことができないからだ。言い換えれば、ここでは空間を作るということは、必ずしも土地の私的所有や建築・社会的インフラの構築といったことを指すのではなく、むしろ、身体的かつ具体的な実践として現れるということだ。自分自身が既存の場所についてのあらゆる情報を読み取り、それを解釈したうえで、最終的に自らの身体を用いて介入していくことで固有の「領域(Territory)」が生み出されていく。


他にも、「住む」ことにたいしての様々な言葉が詰まっています。
取り扱い店舗は、以下の未知の駅のサイトに載っています。

「住まい」や「空間実践」といった言葉を見ていて、ボーイスカウト時代に何度もやっていたキャンプを思い出しました。
一般的な住居よりも、能動的に空間と関わっていた、というか、意識していた気がします。

火をつけるために歩いてまきを探し、雨水がテントに入り込まないように溝をスコップで堀り、強風の時はテントが横倒しになった時もありました。
今僕がこのPCに向かっている部屋、家は、上記のような状況でも、変わらず、安定して同じような環境を与えてくれます。それはそれで、ありがたいんですけどね。

自分の置かれている空間から断絶して存在することなんて、できないでしょう。
なので、空間と関わり合う、というよりも、今自分がどう空間と関わっているのか、それをうまく発見していければもっと楽しい毎日になりそうだぞ、と考えています。

久しぶりにキャンプがしたいなぁ。
キャンプは、たくさんの仲間とします。

真夜中、ぱちぱちと爆ぜるまきを囲むときの、みんなの私的な空間が混ざるような甘い陶酔感を思い出しました。

未知の駅
http://michinoeki.tumblr.com/


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