虫と歌

永遠と一瞬。重さと軽さ。彼方とここ。重なる。



語気を荒げ、「すごい!」と叫びたくなるような本じゃない。
静かに、そっと、「ああ、これは傑作だ」と認めざるを得ない。そんな本。

世界と異世界の邂逅。
いや、それらが混ざって、ぼんやりとした、いじらしい空間。

巻末に2ページのショートストーリがあるけれど、メインは4つの短編。
どれも、僕たちのものとずれた世界が広がっている。

植物で出来た人間、人の形をした流れ星のクズ…
思えば4つの短編すべてが、人の形を成した人でないものが登場する。
この本全体に流れる物悲しさは、この「人であって人でない」という歪さから来ているのかも知れない。

なんというか、作者がすごく自由に「空間」を扱っている。でも、すごく丁寧に。
スケールの大きいものを手元に、膨大な時間を一瞬に汲み取っているような感じ。

なんだか出来の悪い詩のような書き方になってしまっていて恥ずかしいけど、「こんな書評を書きたくなってしまうような本」てこと。

特になんだか息を飲んでしまったのは、『星の恋人』のフリスビーを投げ合うコマと、『日下兄弟』で雪輝とヒナが海岸を歩くコマ。
どちらも、ページをまるまる1枚使っていて、コマというより、1つの絵として完結している。

のっぺりとした黒を背景に立つ2人。宙を舞うフリスビー。昼下がりのほんの一コマのはずなのに、どこかの名もない惑星の、寒々とした宇宙の下に連れて行かれる。これは、あくまで僕の想像だけれども。

白い砂浜を、小さく映る2人が静かに歩いている。白い雲はあるけど、空はまた黒い。ここも地球じゃないのかも知れない。美しくて、寂しい、どこか。そこで、ふたりきり。

この1ページを使ったコマの表現は、コマのつながりとしては唐突なんだけれども、そこに流れる物語の楔となっている。ハッとするし、懐かしいし、悲しい。

不思議を日常として受け入れる姿勢は、川上弘美と似ているかも知れない。「神様」も、不思議とうまく共生している。
でも、この作者の描く世界と、川上弘美のそれは、違う。

「虫と歌」の住人は、その不思議な世界を受け止めているけれど、同時にそこでどこかリアルに生きている。
川上弘美の書くファンタジーの良さは、日常に異質がうまく入り込んでいて、ともにそこで生活しているところだと思う。物淋しさもあるけれど、そこには温かな空気が流れている。ファタジーの世界。

「虫と歌」は、違う。生々しい、という表現は適切じゃないのかも知れない。なんと言ったらいいのだろう。
でも、リアルだ。
不思議な世界を受け止めて、混ざって、その上で生きている。それを、美しく、丁寧に書き出している。だからリアルで、そしてそこに見えるズレ(僕たちにとっての)がとても物悲しい。

高野文子さんとよく比べられるらしいけど、現時点で「絶対安全剃刀」しか読んだことのない自分には、そこから語れる言葉はない。
でも、僕はこの作品に「手法」を感じたことはなかった。
いや、手法はあるのだけれど、それは決して作者の「技術」から生まれたものじゃなくて、作者の世界を紡ぐための「丁寧さ」から生まれたものだと思う。

でも、だからやっぱり、うまい作者さんだと思う。

どの作品も、物寂しいし、冷たい。
でも、なんだろうなぁ。
この作品を見つめる作者の目が、とても愛に満ちている気がする。
寂しいし、辛いんだけど、私には分かってるよ、て。

そんな作者の姿勢が、この独特の世界に引きずりこまれて感傷的になってしまった自分にも、優しい。

地味で、美しいマンガです。


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