人生フルーツ—庭に流れる「まっすぐな時間」と「まるい時間」

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とても、口当たりの良い映画だった。

ともに白髪をなびかせる老夫婦。木立に囲まれた家に住まい、手間暇かけられた一品一品が食卓に並ぶ。何十年も愛用の台所用具を使い続け、付き合いある人への手紙を毎日したためる。映画の冒頭、海苔をコンロで炙るシーンは、彼らの暮らしを象徴する一コマだ。

「これぞ、”丁寧な暮らし”だな」

そんな平凡な感想を抱かせて、映画は始まった。

しかし、時間が進むにつれ、どうも様子が変わってくる。

ふたりの暮らしぶりが変わったわけでもない。口当たりの良さもそのままだ。ただ、どうも簡単には飲み込めない、ずしんとした重量が口の中に生まれてきたのだ。



この映画の主人公は、津端修一さん、津端英子のおふたり。建築家夫婦の物語だ。彼らの人生や暮らしぶりについて、本も出ているし、ときおり雑誌等で紹介もされているらしい。

ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~

ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~

  • 作者:つばた 英子,つばた しゅういち
  • 出版社:自然食通信社
  • 発売日: 2016-11-26


あしたも、こはるびより。: 83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。

あしたも、こはるびより。: 83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。

  • 作者:つばた 英子,つばた しゅういち
  • 出版社:主婦と生活社
  • 発売日: 2011-10-28


恥ずかしながら、僕と津端夫婦のファーストコンタクトはこの映画だった。

かつて、阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地といった都市計画を手がけてきた修一さん。自然との共生を目指しながらも、理想とは異なる完成形となってしまった住まいたち。それを機に、彼はそれまでの仕事から手を引いた。

都市計画から退いた後、彼が始めたのは、自らが設計した高蔵寺ニュータウンに平屋を建て、そこに苗木を植えることだった。都市計画の中に自然を組み込めなくても、各人の家に小さな庭ができれば、新しい里山が誕生するはず。そんな信念のもとに、ふたりは庭づくりを始めたのだ。

“スローライフ”という表現には収まりきらない切れ味を伴った意志が、この庭には込められていたのだ。


この映画を口当たりの良いものにしている要因。そのひとつは、素直な撮影と構成にあるだろう。

映画は比較的淡々と、時の流れに沿って進んでいく。途中で戦時中の修一さんのエピソードも挿入されるが、そこに深入りすることもなく、再び日々の営みに帰る。過度な演出は抑えられ、淡々と人生のドラマが映されていく。

とはいえ、いや、だからこそ、それらの出来事は自分事として僕らに跳ね返ってくる。


長く生きるということは、多くの連れ合いが生まれる、ということだ。

鳥たちの水飲み場となっていた水鉢、高く高く背を伸ばした庭の木々、そして、一緒にいる時間の方が長くなった人生の伴侶。

物はいつか壊れ、木はいつか倒れ、人はいつかこの世を去る。過ごす時間が長くなるほど別れのタイミングは近くなり、あとは、どちらが見送る者になるかの違いでしかない。

彼らの半分の時間も生きていない自分でさえ、その別れには、身を切られるような思いだった。

それでも、どれだけの別れが積み重なっても、庭づくりの手を止めることはない。土を整え、腐葉を撒き、瑞々しい果実を収穫する。彼らが大事に着くり上げた営みの頑丈さを、まざまざと見せつけられる。


この庭には、ふたつの時間が流れている。
一直線に流れていくまっすぐな時間と、循環し続けるまるい時間だ。


津端夫妻は、とにかく良い土をつくることを目指す。なぜなら、土さえ良好であれば、そこに植える物が何であれ健やかに育つから。ふたりの子どもや孫たちが、庭を受け継ぐ時のことを案じての思いだ。

そんな思いが練りこまれた土の上で、芽は顔を出し、様々な果実や野菜があざやかに実りをつける。その受け取り手が変わろうと、意に介することなく、四季に合わせて庭は彩りを変化させていく。

受け継がれていく時間と、繰り返されていく時間。そのふたつがこの庭には共存していて、これこそが津端夫妻の営みが結実したものだったんだ、と実感させられる。


そして、この2つの時間を生み出すことが、建築家である津端週一の仕事だったのかもしれない。親から子へ、今から未来へ、住み手が変わりながらも、そこでは365日というサイクルの中で日々の暮らしが繰り返されていく。

修一さんの建築を語る人々の口ぶりから、「人が住む場所をつくる」という仕事に彼が向けていた情熱に、少しだけ触れることができた気がする。


自宅に庭をつくる。それは、挫折した建築家の手慰みでも、老夫婦の趣味のひとつでもなかった。それは、ことなる2つの時間を結び合わせる、しなやかで強かな空間を生み出すことだったのだ。

そんな強烈なメッセージを、ほんわかした日々の暮らしの中に織り交ぜ、鑑賞後にじんわりと思い起こさせる本作。手がけたのは、昨今数々の素晴らしいドキュメンタリーを生み出している、東海テレビだ。

いやはや、今回もさすがの手腕でした。


上田映劇で鑑賞。
5/6(土)~5/18(木)まで上映中。
http://www.uedaeigeki.com


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