田淵三菜 展覧会『FOREST』を見た

田淵三菜が切り撮る世界を、僕は胸の奥から染み出すとても個人的な感情を抜きにして、見つめることができない。

群馬県吾妻郡。

浅間山の麓に広がる山の中に彼女は分け入り、カメラを用いてその世界を家―彼女が言うところの「巣」―に持ち帰っていく。



幼い頃、「北軽井沢」という名前で愛されるこの場所に、家族や親戚でよく訪れていた。母方の祖母が、別荘を持っていたのだ。

別荘と言っても、しゃれたペンションといった雰囲気ではなく、なかば手づくりの古民家だった。

冷暖房の機能はないけれど、夏に訪れるだけなら十分。浅間山からは、涼しい風が吹き下ろされていた。

沢を探検して山菜を見つけたり、近所のパン屋に美味しいあんぱんを買いに走ったり、夜は焚き火を囲んでクリープをたくさん放り込んだコーヒーを飲んだり。

「きたかるに行く」というのは、子供時代の自分にとって、唯一無二の一大行事だった。

 

しかし、特にこれというきっかけもないまま、「きたかるの家」は10年以上、誰も訪れなくなっていた。

かつては仲の良かった友人と、気がつけば一切の交流がなくなるように、大人になるにつれ僕と北軽井沢の距離は離れてしまった。

 

でも、ある日、なぜか急に「そういえば、北軽井沢には家があったじゃないか」と思い出した。

きっと、森と過ごすあの時間を体が求めていたんだと思う。

両親に、久しぶりに北軽井沢に行くことを告げると、「家の様子を見て、写真を撮ってきてくれ」と頼む声が上ずっていたのを覚えている。僕も少し、興奮していた。

 

そして、家は、驚くほどそのままだった。

 


 

森と一体化するように草木が生え、屋根の一部は壊れていたけれど、僕の思い出よりも鮮明に”あの頃”をそこに留めていた。とても、嬉しかった。

寝泊まりができるようにするためには、それなりの時間と人手がかかるように見えた。

でも、それだけのエネルギーを注ぎ込んで、またここで時間を過ごしたい。きたかるの家は、そう思わせてくれた。

東京を離れ、今住んでいる地に移り住んだのも、きたかるの影響がとても大きい。自宅から車を50分ほど走らせれば、もう浅間山の麓だ。

 

田淵三菜の写真集『into the forest』を初めて手に取った時、そこに写る自然が北軽井沢のそれだと、すぐに分かった。

「あの森を撮ってくれる人が、いるなんて」

その嬉しさから、すぐに購入できる書店を探して、注文した。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本が届き、そこに写る森と、添えられた彼女のテキストを読むうちに、これが単なる北軽井沢の自然を撮った写真集ではないことが分かった。

ここに写るのは、北軽井沢に住む彼女が撮った、とても個人的な写真たち。

自分なりの思いを抱えて森に分け入り、そこで密かに交わされる草木や虫たちの息づかいを切り撮る。

吐く息の白さが伝わる雪景色の後には、春の喜びに森中が歓喜する姿が待っている。12ヶ月に分かれた北軽井沢の景色は、どれもみずみずしい。この地に住む彼女だからこそ撮れる写真が、所狭しと並んでいた。

「いま、自分がいる場所」を伝える写真たちは、ネイチャーフォトというよりも、手紙のような親密さを感じさせてくれる。

 

思い出す、という行為は、きっと単なる情報の呼び出しではない。その情報に触れた時の自分の感覚を、否応なく呼び起こしてしまうものだ。

田淵三菜の写真に触れていると、僕は北軽井沢での日々を、いや、子供の時の自分が世界とどう関わっていたのかを、思い出す。

 

雪解け水に手を沈めた時の、あの冷たさ。
木立の中を歩きながら吸い込んだ、あの匂い。

悲しくなるぐらいの懐かしさに、胸がいっぱいになる。

 

彼女が北軽井沢を舞台に写真を撮っているのは、きっと偶然だ。
別の地であれば、そこでまた、彼女なりの五感で素晴らしい写真を撮っていただろう。

でも、やっぱり、僕はこの偶然が「北軽井沢」であったことを、心から嬉しく思う。

 

あまりにパーソナルな場所であるせいで、誰かが彼女の写真に触れた時の感触を、僕は想像することができない。

ただ、誰にしろ、自分の人生と切り離せないコト、モノ、バショがある。

田淵三菜の撮る”個人的な写真”は、きっとそれを思い出させてくれる。そんな風に、僕は思う。

 

たった今、新宿で、彼女の個展が開かれている。

東京を離れた自分が、東京に足を運び、彼女が撮った北軽井沢の写真を見る。
その”あっちこっち感”が何だかおかしかった。

そして、やっぱり、彼女の見る風景は、どれも素敵だった。

ぜひ、あなたにも、足を運んでほしい。
“撮るべくして撮られた”写真の美しさと強さを、きっと感じられるはずだから。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『FOREST』

開催期間 2017年9月8日(金) ~ 9月26日(火)

開催場所 Bギャラリー(ビームス ジャパン 5F)

 

 

 


You may also like

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です