さよならみどりちゃん

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ただしい恋愛って、なに?


ヘラヘラしてちょっと強引な男を好きになっちゃって、自分のことを本命だと思ってないくせに変なとこで特別扱いしてくるからより離れられなくなっちゃって、年下の誠実そうな男の子も好意をもってくれてるんだけど、やっぱり振り向いてくれない彼のほうを選んじゃって、でもやっぱり振り向いてくれなくて、それでも好きだから、苦しいっていうOLの話。

この手の話ってある意味定式化されてて、こういう感じの話を書く作家、ていう風にジャンル分けもされてると思う。

つまり、テキトーな感じでぶらついてる男を好きになっちゃって、でも一緒にはなれなくて悲しむ女子の話で氾濫してるわけで。
でもこの手の物語が終わらないのは、きっとこういう感覚は多くの人(特に、いや主に女子)が持つもので、同時にその中でも”それぞれ”の痛みってものがあるんだろう。
だから、いろんな書き手が、一見似たような話を描いているんだろうしね。

なんてことを言いつつ、僕は結構好きだったりします、はい。

ここに、救いはないんだよね。
もちろん、絶望ってほどのものがあるわけじゃないけど、ハッピーエンドみたいな解決ていったものはない。

じゃあ何があるの、て、僕は”共感”だと思う。
男に比べ女子が共感っていう部分を重視するのは周知の通り。

読む方も、救いを求めているわけじゃない。
「あぁ、そう、そうなの」って主人公たちの痛みに共感して、気持ちを和らげるどころか、むしろ自分の傷を広げる。

これって、失恋した時に、明るい曲を聞くんじゃなくて、むしろ失恋の、暗い落ちる曲を聞く感覚に似ている。
傷を広げるだけ、悲しみを大きくさせるだけ、てのは分かってる。

でも、共感っていうのは共鳴であって、片思いの感情じゃない。
自分が相手に共感を覚える、てことは、相手も自分に少なからず共感を覚えてくれる、てことだ。
失恋の歌詞は、マンガの主人公たちは、辛くてうずくまる自分たちの横に座って、共感してくれる。
それが一種のカタルシスになってるんじゃないかな。

好きって理屈じゃないから、極論相手が振り向いてくれなくても、いいように扱われても、気持ちを捨てられないんだよね。
だって好きなんだもん。

男とは別の意味で、女もバカなのよ、て。

まぁ僕男ですけど。

さよならみどりちゃんは、映画も結構好きだったりします。
溺れる恋愛と溺れない恋愛、どっちが幸せなんでしょうね。




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