日本人が誤解される100の言動

アジア、と言う時日本も入れてますか?


左のページに日本語、右のページには英語と、対訳になっている本。
英語学習と、世界から日本人がどう見られているのか知りたくて手に取りました。
まぁ世界、ではなく欧米からの視点だけれど。

誤解される100の言動、ということで、どちらかというと日本人の態度を批判するような構成。


日本人「お客様は神様だと言ったら、びっくりされた。」
外国人「いくらお客様は神様だって言っても、やりすぎじゃない?」

日本人「努力をみとめてくれなかった」
外国人「『これだけ頑張ったのだから』と日本人はよく言うね。」

外国人「日本人は自分をアジアと切り離したがる。あのプライドはいやだね」


むう。
耳が痛いですね。

確かに、と思う部分は多い。
僕が気づいていなかったところもあるし、僕も良くないと思う習慣もある。
結構言葉が辛辣なんだけれど、納得させられる。

とはいえ、だ。

郷に入っては郷に従え。
欧米という舞台で日本人が向こうのスタイルに合わせるのは、自然な流れだ。
だが、日本国内で欧米的な振る舞いをすることに、なんでこっちが譲歩せなあかんねん、という気持ちを抱くのも事実。

築地市場での外国人観光客の自由な振る舞いで、外国人の観光が禁止されたのは有名は話。
この本ではそのことについて、「どうして日本人は感情的に命令口調で静止するの? 私たちだってバカじゃないんだから、論理的にちゃんと説明してくれれば理解するわよ。残念だわ」といった事が書いてあるんだけれども、僕はこの論には反対。
だってここは、日本だもの。
島国根性っていうのとは、ちょっと違う。

日本には日本の文脈がある。
それは文化とも言えるし、日本人の土台となっているもの。
この本で指摘される日本人の態度は、日本人が日本人たるための態度だ。

もちろん、異文化と交流する時に、そういった凝り固まった自分の”前提”を溶かす必要は当然ある。
ただ同時に、僕たちには溶けない”核”となる文化背景があるのも事実。

だから、日本国内の、特に築地市場といった固有の文化が出来上がってる場では、そこにあった振る舞いが強制されるのは当然だと思う。

正直、批判が浅い部分もある。
それにはこういう意味があるんだ、と反駁したくなる。

でも同時に、そう感じるのは僕らが日本人だから。
そういった浅い理解を読むとモヤモヤするけど、じゃあ僕らは他国を”深く”理解しているのか?ということにつながる。
そもそも、僕らは自分らの文化を暗黙の内に認めてしまっていて、それをちゃんと説明しようとしたことがあるのか?とも。

ただの批判として受け止めず、この批判を受け止めた自分を客観視できれば、結構効果のある本になるんじゃないかと思います。




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