フロム・ヘル

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溶けた鉄が僕を飲み込む。

「唯一神」とは我ら自身のことなのだ。
誰もが右脳に神々の神殿を持ち、そこから霊感や本能のすべてがこぼれ出る。



濃厚。
ものすごく濃くて、どろどろしていて、飲み込むのに時間と労力がかかった。

切り裂きジャックを、膨大な史料をもとに、コマの上によみがえらせた怪作。

というか、これは、文学だ。

アメコミ、なのだけれど、僕たちがアメコミと聞いて想像する作品群とは一線を画している。
単調なコマ割り、寓意的な会話、メタファー、象徴の連続、間。
時間の流れが、薄まることなく引き延ばされている。

文学、と言ったけれど、内容が高尚で云々、という理由じゃなくて、見せ方の問題としてこれはマンガではないな、と思った。
まさに、グラフィックノベル。

言葉にしづらいのだけれど、これは、舞台となる世界を描いているのでなく、世界を覗くためのレンズを描いているような距離を感じる。
このフロム・ヘルという作品によって、狂気に満ちたこの虚構の世界を垣間みることができるような。

その、世界との掴みづらい距離感が気持ち悪く、同時に僕を離さなかった。

この作品が描いているもの、いや、見せているものは何なのだろう。
狂気、哲学、絶望、よく分からない。

でも、この作品は僕にとって、極上なエンタメだった。

不気味で濃厚な甘い一滴が、口の中からずっと消えなかった。
面白かった、という言い方はすごく放任的な物言いだけど、他にうまい言い回しが中々思いつかない。

うん、何度も言っているけれど、濃厚、ていうのは、間違いない。

単調なコマの連続を、一歩一歩歩いて行く。
黒いインクが足にからみついて、中々前に歩けない。

特に、馬車で街を練り歩く場面の会話は、必見。
あまりの濃度に、一気には読めなかった。

本に貴賎なし、というか、僕はあまり「小説だから」「マンガだから」「学術書だから」といった色眼鏡なしに本を読みたい、と思っている。
でも、やはりマンガの立ち位置が卑近なのは、ご存知の通り。
マンガを読んでいると不機嫌な母親が、小説なんかを読んでいると誇らしげ、なんてのはありふれた話。
僕たちがマンガに手を伸ばしやすい理由の1つは、マンガの”絵”という要素が持つ分かりやすさにあると思う。

絵があると、分かりやすい。
建物、人物、街。物語のパーツの位置も何なく理解できるし、想像力を駆使しなくても、用意されたイメージがすでにそこにある。

でも、この作品の絵は、僕の理解を潤滑にする、というよりも、より一層僕の理解のスピードを落とさせ、ページをめくる間隔を伸ばし、物語の深みへ、底に沈む澱を飲み込ませる。

まー小難しくいろいろ言いましたが、頭が疲れて、何だか肩が凝るマンガ、という感じです。
作品に圧倒された、という感覚。

去年の年末、ロンドンにも立ち寄ったのですが、この作品に流れる空気とは違っていました。
まぁ、当然の話ですが。
狂気はなく、生活感の蒸気が漂っていました。

それでも、この作品が僕を焼き、その焦げた匂いを僕が忘れることはないでしょう。

あー、しんどかった。

でも、面白かった。




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