羊たちの沈黙

img_615850_21882815_0

甘い狂気

クラリス、楽しみながら皮を剥ぐ時は、常に被害者を逆様にして行うのだ、頭と胸の血圧を長く維持して、対象に意識を保たせるために。それは知らなかったのか?


殺した女性の皮をはぐ連続殺人犯を捕らえるため、収容中の同じく連続殺人犯で精神科医の博士に意見を求める。

この設定だけでよだれが出てくる人も多いんじゃないでしょうか。

物語には2つの狂気が織り込まれています。
大柄の女性を狙い殺して皮を剥ぐバッファロウ・ビル。
知的で冷酷な、被害者の肉を食べる元精神科医のレクター博士。
しかし、はっきり言ってビルの狂気はレクター博士には適いません。

バッファロウ・ビルは自分の狂気をもてあまし、社会から疎外されています。
しかし、レクター博士は非常に礼儀をわきまえ、知的な人間です。人並み以上に社会に適合した上で、彼は何人もの自分の患者を殺し、その肉を食べたのです。時には、彼は言葉でなじるだけで隣に監禁された囚人を殺しさえします。

物語は、女性FBI捜査官のスターリングが、レクター博士に面会をしに行くところから始まります。
冒頭から、緊張感が漂います。

強化ガラス越しに話し合う。それだけの場面なのに、ホラー映画を見ている時のような、いきなり画面いっぱいに何かが飛び出してくるかもしれない、そんな緊張感と恐怖を味わいます。
しかし、レクター博士が終始冷静でいるからこそ、その緊張感は消化されないまま、どこかビクビクしながらページをめくっていました。


私に起きた事は何一つないのだよ、スターリング捜査官。たまたま、私が存在した。私を、特定の影響の結果生じたもの、という低劣な存在に引き下げることはできない。きみたちは、行動主義的研究のために善と悪を棚上げにしたのだ、スターリング捜査官。きみたちは全ての人間に道義的排泄用パンツをはかせている——誰かの過ちの結果である事柄はこの世には一つもないのだ


博士の怖いところは、彼が私たちとは違う考えを持っていること、というより、生き方が全く異なっていることです。同じわけでも、敵対しているわけでもない。
彼はたまたま私たちと同じ人間の皮を被っていますが、中身は別の生き物としか感じられないのです。

彼にとって殺人は、善でも悪でもなく、日曜日の朝食と何ら変わらないのです。
そして彼の場合、その行為は実際に朝食になります。

しかし、何より怖いのが、彼がとても魅力的なところです。
実際に会ってみたい、話してみたい、そんな欲求がむずむずと芽生えてきます。

同じように、スターリングと博士の間にも、奇妙な友情関係が生まれていきます。
敵とも、仲間とも言えない。でも、とても危険な存在。

博士の魔力だけでなく、スターリングの状況分析と推理にも脳みそが刺激されます。
静かで、それでいて興奮させられるエンターテイメント小説でした。



You may also like

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です