甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実

美徳はどこから生まれるか。美徳を作るのは誰か。



甲子園時代、怪物と呼ばれた松井。1992年、その松井の所属する星陵高校VS明徳高校の試合。明徳は松井の全5打席を敬遠し、2ー3で星陵は敗れる。松井の活躍を見に来た観客からは怒号が沸き上がり、メガホンやらゴミやらが投げ込まれて試合は一時中断。敬遠策をとった明徳には脅迫電話が次々とかかる、というなんともまぁすごい話。

僕はこのひとつの「事件」が非常に気になって、事情を深く知りたくてこの本を呼んだ。

気になった理由は、「なぜみんながここまで明徳側を批判するのかわからなかった」からだ。
僕は基本的にスポーツというのは「勝負」であり、求められるのは「勝ち」か「負け」のみであると思っている。もちろん何でもあり、というのはあくまで規定されたルール内での話であって、反則行為は許されないとは感じている。けど、もう少し僕の感覚に突っ込むと、発覚した時に甘んじて罰則を受け入れるのなら、反則も1つの手だ、という感覚もある。故意に相手を傷つける反則はやっぱり否定的だけれども。

でも、高いスポーツマンシップは、やっぱり美しい。スポーツマンシップが尊ばれるのは、手放しでいいことだと思う。しかし、今回のように観客側が高いスポーツマンシップを要求し(そもそも僕は敬遠がスポーツマンシップに反する行為だとは思わないけど)、それが裏切られた時に相手を糾弾するのは「当然」なのだろうか?

ここでまた1つ問題になるのは、野球を好きかどうかで、問題の見方はきっと変わるということだ。
僕は別に野球が好きでもなければ嫌いでもない。だからこそこの話題についても「みんな熱いなぁ」とちょっと距離を置いた視点で見てるわけだ。でも観客ってのは野球が好きなのは当たり前で、そんな野球の、いやこの場合では甲子園のファンが目の前で松井の全打席敬遠を見た時、僕とは違う感慨を抱いたことだろう。

著者はフリーのスポーツライター。星陵、明徳、両者に綿密な取材をする。著者自身も野球の経験があるから、やっぱりその分選手たちに寄り添った取材が出来てるのかなぁ、と感じた。

でも本書を呼んで気づかされたのは、、松井の次、5番の月岩の存在だ。言ってしまえば前の選手がノーリスクで塁に出たのだから、星陵にとっては有利なわけだ。その有利な状況を結局は活かせなかった、5番、月岩。
おそらく、敬遠された松井よりも辛かったんじゃないかな。
もちろんたった1つの「部分」で勝負は決まらない。本書でも言われているが、結局松井意外に点をもぎとれる打者が星陵側にはいなかったから、負けたわけだ。

て、ゆうてもさ。
希代の打者が松井が敬遠され、会場はブーイングの嵐、そんな打席が繰り返し続く度に「お前が打つしかねぇんだぞ」っていうギラギラした視線がふりかかる。高校生にそんなプレッシャー、跳ね返せるわけないよね。逆に言うとそれぐらいのプレッシャーに負けない力があるから、松井は「怪物」と呼ばれるわけだけれども。

月岩には長らくこの事件がしこりとなって残る。何年経とうとも。そんな月岩への、2003年に当時星陵の捕手だった北村が、著者のインタビューに答えたコメントが、重い。

「でも、僕も君になりたい、って言いたいですよ。月岩って名前も覚えてもらって。応援団やってた僕の名前なんて誰も知らないでしょう。胸張って、あそこに立てただけで幸せだって、言って欲しいですよね。未だに引きずってるなんていうのは、メンバー外への侮辱ですよ。松井もそう。松井も確かに耐えた。でも松井が耐えたことがないことを耐えた人もいる。松井は、それ、わかってるんじゃないですか。だから辛かったとかはあんまり言わないんじゃないですか。月岩が悩むことじゃないと思いますよ。そんなことで負けたなんて思ってるやつ、一人もいないでしょう。自分のせいで負けたなんてのは思い上がりですよ」


自分のせいで負けたなんてのは思い上がりですよ、てのは重いなぁ。松井の影にいた月岩、の影にいた名のない多くの野球部員。甲子園で爽やかに動く野球部員しか見たことのなかった自分には、いろいろと思わされた。

野球の中でも甲子園は独特の空気を持ったものなのだろう。真夏に青春まっさかりの男子が今までの野球人生をかけて白球を追いかける。だからドラマが生まれるし、観客もそれに熱中する。
甲子園はスポーツなのか。それとも教育なんだろうか。

高校球児と、僕の甲子園への想いはひどく断絶している。でもその断絶が僕には面白かったからこそ、本書を興味深く読めた。。

著者は星陵と明徳について、

「野球に純粋だったのか、勝負に純粋だったのか、その違いだった」

と語っている。

著者の地に足のついたルポタージュに好感が持てる本。
野球経験のある人なら、きっと思うところがあるだろう。

でもさ、求めるもの、価値観、思想が異なる両者が同じピッチに立って勝負する、てすごいことじゃないか?
それは完全に商業とスポーツになったプロ野球では見れないものだろう。
そういった意味でも、甲子園って特別だ、としみじみ思わされました。



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